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Wednesday, December 28, 2011

潜在意識についての考え

全ては繋がっている。

The Subconscious Landscape III -Mother Earth-
年が明ける前に、ブログの更新をしときたいと思いました。もう新年は目の前なのですね。時の経つ早さにいつもびっくり。

今回は潜在意識についてです。

この頃色々な方面からこの潜在意識についての質問が、私のところにやってきました。

私なりにそれに付いて、この頃は考えていました。潜在意識ねぇ~ 潜在意識と繋がると、思いが叶うとか言われているけど、一向に夢や希望が叶えられないような。。。繋がっていないからか。。。

私の考えはこうです。

潜在意識と一般的に言われている神とかユニバース、ハイヤーセルフ等々は、同じだと思います。ただ、潜在意識は内にあって、ユニバースは外にある感覚で一般的には理解していると思いますが、その同じものは内にもあり外にもあるのです。

二分して在るとの理解だと誤解を伴いそうなので、そうなると、もう内にも外にも無い事になります。内でもなく外でもなく、そこに在るのです。遠くでも近くでもなく、そこに在るのです。

なぜそれらは同じなのか?潜在意識は自分の本来の姿を知っていて、その基に導いている感覚を持っていると思います。ユニバースも導いている感覚があると思います。より良く導いているのならば、同じものでしょう。

それに一番私が感じるのは、それらがもつ情報ソースが同じだと感じるからです。

IH(Integrated Healing)では、筋肉反射で潜在意識と繋がり、ユニバースから情報を得て、修正する感じがありますが、私は全ての情報なりが、その場に存在する感覚に陥るので、体も含めた情報の空間があり、その空間を潜在意識やユニバースと言っているのではないかと、思うのです。空間は外にあるのではないのです、自分自身も含めた空間なのです。

それは巨大な図書館みたいなものです。だれでも自由に利用出来ます。全ての情報が蓄積されています。誰でも自由に使えるのですから、どの潜在意識も結局同じと言う事になります。

各々の潜在意識が同じ?となると、頭が混乱しそうですが、そもそも全ては一つという考えがあり、私もそう思っているので、全ての潜在意識が同じでも不思議はないです。

私は各々が共通意識を持っているという、私の中での確信があるので、その基でThe Subconsious Landscapeという題の陶芸作品を作りました。英語では、潜在意識はポテンシャルな意識でなく、別の意識という感じの意味になります。

私の陶芸作品を通して各自が持っている共通の意識を、呼び覚ましてもらい、一つに繋がるというコンセプトです。

その共通意識が実は潜在意識ではないかと、思ったのです。(この潜在意識、共通意識について、ユング(C .G.Jung)の著を参考に。)

全ての潜在意識が同じなのに、なぜ人々は各々違う考えや行動をするのでしょうか?

巨大な図書館を持っている人が望む事は、もっと本を集める事だと思います。様々な分野の、多種多様な本を手にいれたいと、望むでしょう。

その空間も多種多様な情報を集めます。そのためには全てのもの、生物、物質、あらゆるものの経験を収めます。

意識での重要な働きの要素に、経験値を増やす事だと思います。経験値が増えれば、空間は豊かになります。

もし、顕在意識で何かを望むなら、経験値を増やすことです。我々はいい方向へと導いていますし、導かれます。その人が経験したい事を、導いているのです。経験に良いも悪いもありません。ならば導きに逆らわずに、経験値を上げる事で、選択の幅も広がります。決められた道を進むのではなく、選択という権利も与えられていますから。その方が組み合わせの倍率が増えるます。より多くの情報=経験を得られるからです。

経験値を増やすのに良い方法が、行動です。ポジティブに行動すると、行動範囲が広がります。それだけ機会もやってきます。経験値が上がり易くなります。

夢は選択です。OOに成る。OOをやるは選択なので、実現可能です。それを実現するための経験値を増やせばいいのです。すべてはバランスの中にいますから、夢を実現するには、周りとの経験値のバランスを求められます。周りとの経験値の調和が無い限り、現実化するのは難しいのかもしれません。経験値はエネルギーとも言えるのかもしれません。

基本的には生きているだけで、経験値は上がります。停滞してると上がりが遅いのではないでしょうか。

どうでしょうかこの考え?フィードバックを楽しみにしています。


Wednesday, June 8, 2011

見る角度と意識

意識改革。



東京は梅雨に入るのか、雨の日が多くなってきました。とても久しぶりに湿気の多い夏を過ごし始めます。去年の夏は秋までずっと病院内にいたので、快適な温度しか知りません。今年は去年のような強烈な熱い夏にならないよう、祈りたいです。

NY(NJ)にいる友人が、スピリチャル関係のセミナーやワークショップを次から次へと受講しています。そのたびに、どんなものなのか、感想はどうだったか、聞いています。

話を聞けば聞くほど、人間ってとってもデリケートなんだな~と思い知らされます。

なにせ、産まれる前の母体にいた時に受けたトラウマ、産まれて来る時に感じた感情、産まれてきてから今迄の経験からの心の傷。ともすると、産まれる前の前世からの思いや引きずり、癖。受けてしまった時に治せばいいのに、そのままにして置くが為に、後々影響を受ける。いはやは、一体幾つトラウマなどを持っているのでしょうか?なぜにこんなにデリケートなんですかね?

まだ、これが自分のトラウマだと知っていればいいのですが、大概は知らない。傷付いていて、意識では癒えていると思っていても、実際は癒えていない。

抜け出したいのに、抜け出せないもどかしさにも似た状態を、常に人間は抱えていると思っても間違えはないと感じます。

以前にリーディングのお客様や友達に、魂は傷つかない、と言っていました。これは今でも変わらない解釈です。

魂は傷つかないのです。魂はその人に起こった事を、客観的に情報を集積しています。傷ついたか、そうでないかは、その人の主観で感じるものです。もちろん、トラウマになるのも、受け取り方によるので、受け取り方を違えばトラウマにならない事になります。

そういった意味では、魂は状態をただただありのままを受け取っているだけにすぎません。だから、傷つかないのです。

主観的に見るのは、意識です。意識がその時に感じたものを、受け取ります。それが、無意識の場に移ります。意識は膨大な情報を抱え切れませんので、倉庫に入れるようなものです。

意識が、魂のように客観的にありのままを受け取るのは、たぶん無理でしょう。人間には感情があるので、感情を無視することはできません。感情があるが為に、完全な客観性は望めないからです。

しかし、感情が湧くのも、意識の見る角度によるのです。

意識の見る角度を変えると、受け取り方が違うので、湧いてくる感情も変ってきます。要は意識がどう判断するか、どう受け止めるかによって、傷ついたり、トラウマになったりするのだと思うのです。たまに意識を飛び越えて、判断する事があります。その時の判断は、マイナス感情や方向に行く事はありません。

では、実際に傷ついたり、トラウマになっているものはどうしたらいいのか? 傷ついたり、トラウマになったりした時点まで意識を戻し、その時の場面を想像したり、感情を浮かび上がらせてみます。それをするだけで、渦中にいないので客観視できます。そこで、意識して見る角度を変えてみます。そうすると、その時の感情おが流されていくと思います。

そうなれば、傷やトラウマが癒されます。それだけ、意識が全ての鍵になるわけです。それに、意識が状況を判断するのですから、将来のことも全て意識しだい。

意識を完全にコントロール出来るようになったら、もう解脱の境地です。それだけ難しいのですが、そういうものだと意識があるだけで、だいぶ違うと思います。

私がくどいように意識改革う重要がというのは、全ての鍵になっていると思うからです。意識が変わると、今迄知らなかった、傷やトラウマが解ったり、何かもつれた糸がスルスルととかれ(私はエネルギーが回っていると表現します)、今迄見えなかったことが見え始め、状態、状況が変わってきます。

最終的には、人間というデリケートな生き物の、存在意義も解るかもしれませんね。