Wednesday, January 20, 2010

思考は神様?

現実化とオーメン。




とうとう来週の火曜日は、私の誕生日です。もう一年経ったんですね。早い。

2日前に左の中指をパン切りナイフで切ってしまい、それも指先なので、痛い、痛い。手にはかなり気を使っているのですが、指でも切らないと、仕事を休まないので、体がお疲れ限界宣言です。

昨日この指を切った話を、ルームメイトにした時、思考は現実化すると実感しました。私が指を切る前に、仕事の同僚が朝に、マフィンを手の平に乗せて、そこでマフィンをナイフで切った時に、一緒に手まで切った事を、つい最近聞いていて、2日前、私がベーグルを手の平に乗せて、それを切ろうとした時に、その話を思い出し、こうして彼女は手を切ったんだ、と思いつつベーグルにナイフをいれたら、指を切ってしまいました。

ルームメイト曰く、その事を考えたから、指を切ったんだよ、と指摘し、もし考えなかったら、切っていなかったと言ってました。その例として、ある時彼の友人が、手に食べ物(何だったか忘れました)を持って、ナイフで切ろうとした時に、彼がそんな切り方をすると、手を切るよと言ったとたんに、手を切ったそうです。彼がそれを言うことによって、友人はその事を一瞬考えたために、起こったとだと言ってました。

なるほど、まさしく思考は現実化するのです。思い当りませんか、こうするとだめだろうな~と思ったとたんにそれをしてしまう。何かやろうとして、急に考えが浮かんで、失敗するなと思えば失敗し。これは上手くいくと思えば、上手くいく瞬間。私は今まで、予兆だと思っていましたが(確かに予兆です。その考えがふと浮かぶのですから。)、思考は現実化するいい例でもあったのです。

私が指を切った時は、同僚の手を切った事が、漠然と浮かんだのではなく、こうやって切ったなという確信にも似た感じがありました。これはそれなりに詳細な情報が、頭の中にあり、それが浮かんで(思考して)、現実化したと考えています。

思考が現実化するときは、どうしても詳細な描写が必要です。これなくしては、現実化は難しいです。

以前に神様に何か頼むときは、できるだけ詳しく頼みごとを描写する必要があると、書いた事がありますが、この思考が現実化するのも同じです。現実味が有れば、有るほど、早く現実化します。

ルームメイトがその友人に言ったとき、友人の頭の中には、手を切る瞬間が現実味を帯びて、頭の中に浮かび、そして体がその方向へ動き、手を切る。まるで、頭の中のナビゲーターが急にこっちですよ、と行く方向を変更したので、そっちに行ってしまったといった感じでしょうか。ルームメイトが、彼の頭の中のナビゲーター(思考)を刺激していまったのは、なんとも不注意なことですが。

めったやたらに、人がやっている時に、口を挟むと、その方向に行ってしまう可能性が大きいということです。本当に危ないのであれば、はっきり止めさせるよう、行動しないとだめですね。言葉は思考を動かすだけですから。人の忠告を素直に聞く人であれば、別ですけど。

思いっきり詳細入りの、ポジティブな思考をしましょう。そうすると現実化して、うれしいかも。やばいと思ったら、本当にやばいです。即中止か変更です。

ま~私が手を切ったのには、理由があったのかもしれませんが、手を切るぞと思った瞬間に止める事が出来るような、瞬間的な予兆に従うことが出来る訓練をしたいですね。だいたい手のひらで、何かを切る考え自体に問題がありすぎるのですが。

Saturday, January 16, 2010

波長の違い

似て非なるもの。




猫のグレシーがいなくなって、2週間。かなり心の打撃を受けています。いつも傍に居たものが、居なくなるのは、寂しいとかではない、何とも不安定な気持ちにさせます。

この頃ふと思ったことですが、テレビは癒しにならないと、感じたのです。あくまでもこれは個人的な考えです。日本のドラマやバラエティーが面白いので、インターネットを通じて見てしまうこと、ままにあって、一旦見出してしまうともう止まらない状態です。番組を見て、笑ったり、泣いたりで、楽しんだにもかかわらず、次の日には、見た内容も忘れていて、いつもと変わらない一日が始まり、何かすっきりした感覚はないのです。基本的に笑ったり、泣いたりすると、癒されることが多いのですが、テレビの場合は違うようです。

もし、テレビ番組を見て、泣いたり、笑ったりして、癒されるのなら、鬱の人は簡単に、テレビを見て治るのではないでしょうか。鬱までいかなくても、少し落ち込んでいたのが、良くなるとか。一過性に気分が良くはなりますが、持続はしない。まるで、コーヒーのようです。

コーヒーは飲んでる時やその後は、気持ちがくつろいだり、やる気が出たりしますが、とても一過性なので、持続しない。また飲みたくなる。そのうち、コーヒー無しでは、リラックスしない状態になったりする。

一過性のものは、表面だけに作用して、心の奥まで響かないようです。奥まで響くものは、持続するものです。

テレビ番組は、一方的に情報を与えられて、見る側に創造/想像する余地を与えないから、一過性なのかもしれません。

本を読んだ方が、記憶に残り、感動が持続しますね。読書中に物語を、想像するからかもしれません。

今朝、電車を待つプラットホームで、昨日バラエティー番組を見て、ゲラゲラ笑って寝たのに、依然と疲れを感じ、朝に変な夢を見たのを思い出し、癒されていない自分に気が付きました。笑う事はとてもいいことで、健康維持にもなりますが、テレビを見て笑うより、友達や動物と一緒に笑った方が、効果的なのかもしれません。

Sunday, January 3, 2010

2010年宇宙の旅

寅年だ!




明けましておめでとう、ございます。昨年はブログスタートの年でした。今年もブログを続けていきますので、なにとぞご声援のほど、よろしくお願いいたします。

今年2010年は、満月からのスタートでした。天候にもよりますが、満月をご覧になられたでしょうか?ミネアポリスは快晴でしたので、大きなまん丸のお月様が、見えました。

寅年のスタートです。満月に寅年。何だか、勢い付いてますね。2年前の私の読みでは、2010年に大きな波(津波ではありません)が、やって来るということでした。その波が来る前の準備として、色々自分を変えていきましょう、と2年前には言っていました。

この勢いだと、波が来そうですね。色んな事が、変わってくるでしょう。この際、準備していた人も、していなかった人も、今からストレッチをして、柔軟にしておいて、波に乗りましょう。波に乗るための、サーフボード(何かをやっていく土台)を何にするか、早く決めて、波に乗れるか勝負です。

準備していた人は、これとぞ大きな波に乗るチャンスを、逃さないように。来てますよ。

高波に乗れたら、勢いよく滑り出します。後は、楽しく波乗りを味わうだけです。何か暖めてきたものがあれば、今年は思い切ってやってみましょう。タイガーになったつもりで。でも、波は思ったよりも大きかったりするので、土台をしっかりさせとく必要があります。手の行き届いたサーフボードは、何か思わぬ事が起きても、対応できたりします。それに、日頃から丁寧に磨いている、サーフボードには、思いが伝わります。

ここは、慎重にかつ大胆にいきましょう。トラや猫のように、じっと慎重に待って、チャンスが来たら、素早く捕らえる。サーファーもじっと大波を待って、来たら素早く乗り込む。

波(大きな変動)は来ています。大きいのはそうそう来ないですから、見逃さないように。

素晴らしい、1年でありますように。皆さん、お幸せに。

Saturday, December 26, 2009

クリスマス

お祝い。




メリークリスマス! 今日はキリストの誕生日ということになっていますが、もともとは冬至を祝う日を、誕生日にしたものです。そもそもキリストの誕生日って、記録が残っているのでしょうかね~~

そんなことは、最近まで知らず、でも冬至の祝いの転化なら、納得です。

冬至は、一日のうちで一番昼間が短い日です。今年は12月21日でした。その後、日は延びていきます。これからが、お天道様に会える時間が長くなるのです。太陽の恵みを受けて、生きている人間としては、エネルギーが高まる始まりですね。それは喜ばしい。正月みたいなものです。

冬至に合わせて、世界中で祭りが開催されます。クリスマスもその一環なのだと思います。

日本では、冬至にはかぼちゃを食べ、ゆず湯に入ると風邪を引かず、健康でいられるという習慣があります。昔の言い伝えは、何かしら断固とした理由があるのだから、やったほうがいいと思っている私ですが、ゆずは手に入りません。せめて、ゆずの香りか、黄色のお風呂ですかね。冬至は過ぎてしまいましたが、試してみてはいかがでしょうか。

あともう少しで、正月ですね。来年生まれて始めて、正月に仕事をします。正月は神を迎える日なので、仕事はしないのが基本ですが。実はクリスマスも仕事仲間の中で私だけ、仕事をします。(これから仕事に行ってきます。) 私の中で、伝統の打破が始まりました。

冬至が過ぎて、新しい波が遣ってきています。陰(夜)と陽(昼)の転換で、もうすでに、始まっています、新しい未来が。

Thursday, December 24, 2009

ジ~ンときます

神は無駄してる暇なし。




アパートにいる猫は、本来の持ち主である、ルームメイトの娘さんが、ミネアポリスに住むところが見つかるまで、ここにいることになり、今年中猫は私のベットで過ごすことになりそうです。

私も猫もお互いが居ないと、生きられないような状態で、ベッタリ一緒にいるので、別れた後は、後遺症が出そうです。猫の方は適応力があるから、大丈夫でしょうが、私の太鼓腹を足踏み出来ない寂しさは、彼女にとって打撃間違いなしです。

今や日本の映画やドラマが面白い。人に勧められて、日曜劇場「JIN 仁」を見ていました。これが、いいドラマなんです。原作は未だに連載中の漫画で、主人公の脳外科医の南方仁が、幕末期にタイムスリップしてしまった話です。

その話のなかで、「神は乗り超えられない試練は、与えない」「乗り越えた後は、素晴らしい未来が待っている」という台詞が、多々出てきます。まったくその通りです。神は乗り越えられない試練なんか、与えません。出来ない試練を与えたって、所詮出来ないのですから、時間の無駄です。神は決して、無駄はしません。そこは神様のいいところですね。

ドラマの話でも、主人公や周りの人々が、その台詞と共に、困難を乗り越えるのです。毎回毎回、泣かされるシーンがあって、何話も続けて見た日には、目が腫れてしまいます。

「神は乗り超えられない試練は、与えない」ってことは、遣りたいことは、何でもできる。出来ない事は何もないってことですね。私はプロ野球選手になって、MVPを取りたいとは思わないです。遣りたい事でもないし、出来るとも思えないからです。ですから、そんなものを取ろうとするような、試練は来ません。遣りたいこと、出来ること、何とかしたいことがあって始めて、試練が登場するのです。

試練は字のごとく、試しに練ることですから、本番前の準備段階と言うところでしょうか。でもこの試練が、なかなか大変。簡単な試練なんか遣ってこないし、簡単ならば試練なんて呼ばないし。

準備段階が上手くこなせてないと、本番が悲惨なことになるので、神としては、我々が、直本番してこけて、無駄をするより、準備段階で、じっくりこなしてから、本番へと向かわせるのが懸命と思うでしょう。この本番が素晴らしい未来なのです。大概試練を超えたからといって、その関係が終わったりしませんよね。試練を乗り超えて、スタートラインにつく感じがします。

嫌なことや、辛いこと、困難な事にぶちあたったら、試練なのですから、新たに転換していくサインです。遣りたい事も、試練さえクリアすれば、現実するのですから、しかも乗り越えられない試練なんてなのですから、試練を乗り越えて、素晴らし未来を満喫しましょう。

まだJIN仁を見ていない人はこちらから。http://dramato.blog98.fc2.com/blog-entry-11208.html

Sunday, December 20, 2009

本番行きます~

アクション!





ご無沙汰ぶりのブログ更新です。この頃はこのホリデーシーズンで、職場の人の休みのカバーなどして、休みが余りなく働いていました。その疲れからか、食虫毒にやられてしまい、ヘトヘトになっております。

年が明けたら、その年はどんな年になるのだろうと、星座占いをみたり、干支占いを見たりと、私も結構楽しんで、興味深々で色々見たりします。

私は自負として、フォーチュンテーラーでは無いと思っています。未来を見通すのではなく、どのように行動したら良いのかを、ガイドする役だと思っています。なので未来について、見えたとしても、なるべく、その未来を言うのではなく、行動することで事で、道はいくらでも拓け、未来も変わる方向にもって行きたいのです。(実際未来を言っていることも多いかもしれませんが)

なぜかと言うと、どんな良い未来も積極的な行動無しでは実現しないからです。もし、未来はこう成りますと言われ、そうなるのなら、何もしないとなると、そうは成らないのです。なら、知らない方が、自然と行動することもあるので、告げない方がいいとなります。

なるべくより良い方向に行くように、行動出来るようにアドバイスをするようにしています。行動することによって、ステップ、ステップを踏めて、経験を通して、影に隠れている本来の目的にとても近づき易くなるからです。

本来の目的は非常に分かりづらくなっています。なぜなら、本来の目的が、意識上で分かって行動してると、ある時その目的を見失うからです。それよりも、目的が意識されずに行動していくと、ある時、これの為に、この出来事や経験があることに、気が付く事が出来ます。これの為が、本来の目的で、気づきと共に現れてきます。

各人の中に、学びたい事があり、それは意識しない所で、きちんと認識されています。だから、たとえ無闇に動いているようであっても、実は目的にそって動いているのです。

行動は、意識なしでは出来ません。そこは、意識の管轄です。行動できないと、目的に達成できず、学べず、経験できないのですから、何かモヤモヤ苦しくなります。

何かモヤモヤしてきたら、行動に移す時です。余りにも停滞していると、動かされる凄い事態を、呼んでしまいます。その前に動く方が懸命かと思います。

未来は己自身が作るのですから、作り手として、コツコツ作っていきましょう。それには作るという行動が大切ですね。皆さん、良いホリデーシーズンを、お過ごし下さい。

Monday, December 7, 2009

心変われば全てが変わる

心頭滅却すれば火もまた涼し?




12月に突入です。この月の過ぎる速さは尋常では、ありません。あっという間に、今年も終わってしまいます。

ここミネソタ州ミネアポリスは、だいぶ寒くなりました。日に日に温度が下がっていきます。只今、-7度Cです。あさっては、最低気温が-20度Cになるようです。-10度Cが当たり前の世界に、突入です。

私は12月が一番寒く感じると、思っていました。実際は2月が寒くて、最低気温が-30度C、-40度Cにもなる日があります。しかし、12月はまだ体が寒さに慣れてなくて、寒く感じるんだと思っていたのです。

ルームメイトにその話をしたら、「体は直に寒さに適応できるよ、心(気持ち)が準備出来てないから、寒く感じるのでは」、と言っていました。まさしくそうだと思うのです。

体は直に何でも適応出来るのです。だから、生きていかれるのです。問題は気持ちの方ですよね。まだ暖かい日が来るのでは、とかの期待や、暖かい日が来て欲しい願望が、現実を受け入れない。だから寒く感じる。心一つ変えれば、寒さを受け入れ、さして寒く感じなくなる。-20度Cが続けば、-10度Cなんて暖かいものなのだから。

それは、色々な事に対しても、言えると思うのです。気持ち一つ変えるだけで、色んな事に適応出来て、物事がスムーズに進む。気持ちを変える時に、期待や思い込みなしで、現実を踏まえる。この事が、なかなか出来ないと、何時まで経っても、変わらない。まるで何時まで経っても、寒いと感じて、その寒さを嘆く。

時には、現実を受け入れるだけでよかったりします。すると、辛かったことが、辛くなくなり、、出来なかった事が、出来るようになるものです。それに、どうしたらいいかアイディアが、出てきたりします。

覚悟です。ミネソタの冬は寒いのですから、現実を受け止めて、覚悟します。気持ちを切り替えて、覚悟します。それにしても、さむ~い。