Sunday, July 26, 2009

デジタル中毒

脳が犯されているかも。


この頃まじめに毎日ブログを更新していると思いませんか? 実は私のラップトップの内臓ワイヤレスの調子が悪くて、インターネットにアクセス出来ないので、インターネットに時間を取られていた分を、ブログ書きに廻しているからです。

前回同様、ワイヤレスが動かないのには理由があるようで(どんな理由なのかは知らないけれど、動かないのは困る)、ブログ書きにまい進しております。今も図書館でこれを書いているところです。

図書館はとても素晴らしい、アイディアです。太古から図書館はあって、人間の知への追求は深いものがあります。公共図書館は暇な人から勉強する人、子供の遊び場から研究の場として幅広い活用がなされ、今ではコンピュターの設置が当たり前なので、パソコンの持っていない人や暇潰しに来ている人にはもってこいです。もちろんワイヤレスでインターネットにアクセス出来るので、ラップトップPCを持ってきて、自分のPC環境下で作業ができます。ここミネアポリスは結構図書館が充実していて、ダウンタウンにある大きなセントラル図書館は私のお気に入りです。たぶん5年くらい前に建てられた、比較的新しい図書館です。ワイヤレスが使えない私は、もっぱらブログ書きと音楽CDのダウンロードをしています。

図書館では本は読みません。本を読み出すと寝てしまうからです。涼しい室内で本を読んでいたら眠くなります。知らないうちに寝てしまうと、ガードマンの人に起こされます。ここのガードマンは、ニューヨークシティの図書館のガードマンほどぶっきら棒ではないですけど(もちろんNYCの図書館で寝た事がある)、起こされることには変わらないです。

子供のころは本を読むのが大好きで、実家の近くに図書館が無かったので、図書館の近くに住みたいとずーと思っていました。孟母三遷の教えではないですが、図書館の近くに住んでいたら、もうちょっとは頭が良くなっていたのではないかと信じてやまなかったです。通った学校の図書館も本が充実しているとは私には思えなく、高校においてはエレベーターのない建物の最上階にあったので行く気がせず、読書好きを返上せざるを得ない感じでした。

もともと積ん読傾向がある中、歳を取ってますますその傾向が強くなって来ました。本がある事で安心する私なのですが、読む本があることの安心より、単に本がある事の満足感になってしまっているような気がします。今や、インターネットの無い世界に行かないかぎり、本を読む時間が持てない気がします。友人Mが、テレビを見ないといっても、インターネットをしていたら、それは同じ事、といっていましたが、まったくもって、テレビがインターネットに取って変わり、中毒になっているのは間違えないです。なにせテレビのように相手が発信してくるのを単に受信するのに対して、こちら側が選んで情報を得ることの出来るインターネットは、より中毒になり易いです。

本というモノラルは、消えてなくなってしまうのでしょうか。そうなると寂しいです。でもワイヤレスが動かなくなってしまい、いまやローカルに繋いでも繋がらなくなってしまった、私のPCは私への教訓なのでしょうか? それにしても、困った。

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